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ピッチ・音程を外しちゃイカンのか?

ピッチから考える「歌声」

参照:音程(Wikipedia)

参照:音階の周波数


 こんにちわ、北区ボーカル研究会です。今回もよろしくお願いいたします。


 はい、今回は歌におけるピッチ・音程について考えていきましょう。考えたいのは「ピッチが良いって何?」という事と「悪いとイカンのか?」「プロはピッチが良いのか?」という事です。ここではピッチと音程は「音の高さ」という同じ意味で使い、ドとかレといった音程の名前をキーと呼んでいきます。

 音符に関する言葉が出てきますが、それらを知らなくても大丈夫です。むしろ「それはどういう事やねん?」という事を動画を使って説明していきます。音楽だからね、耳で理解していきましょう。

 先に言うと、メジャー歌手の場合プロでもあまりピッチは良くありません。でもピッチが低いと必死さ深刻さが出たり、高いと喜びや軽快感を感じたりで、「不正確だから不快」とは限りません。多少乱れていても心に響いたり、完璧でもおもしろくなかったり。だからこそ考えていきましょうって事なのです。

 では、れっつごー。


ピッチが良いって何?

声区、換声点

 ピアノの場合、音程はきっかり半音ずつ上がっていきます。しかし声はその間の1/50とか2/50みたいに微妙な高さにもできて、安定させるのが難しいわけです。

 ここで言う「ピッチが良い」というのはキーを間違えないという事ではなく、ラならどれだけ正確なラの音に近いかって事です。半音の1/50とか2/50のレベルの話。言葉にすると細かく感じますが、実際それだけの違いでも声の印象は変わります。

 では、ピッチが良いとどういう声なのか?先にそれを聴いてみましょう。
 まずはモンゴルのスーパーシンガーとキルギスの民謡歌手。どちらも楽器の伴奏とピッチがばっちり合っていて、強い発声でも澄んだ印象になると思います。ただ、下のキルギスの彼女はポップスよりチューニングが高いです。







 そして日本からは都はるみさんです。ただサビはちょっと低くして情感を込めた部分も。




 ピッチが良く、楽器の音と合っているとこうした霧が晴れたような印象になります。なのでスッキリした心地よさを与えたい場合はピッチを正確にすると効果的なわけです。様々な文化圏でこれを目指し、基本とされてきたのもわかる気がします。美しい。

 張り上げそうでいてそうならず、かつ、奥に引っ込まない。ピッチの移動もモタモタしません。

 逆に、感情や人間的な情緒は遠のくため、様々なニュアンスを組み合わせないと機械的。私は彼女たちの歌は大好きですが、それだけではちょっと寂しいです。

 ただ、民謡の彼女たちが平均律ではなく純正律という音律で演奏している場合、そのための調律をしないとピアノ演奏ができません。チューニングが高いのもそのせいかも。


 そしてピッチの良さではやはり声楽。
 一流の声楽家は音感と、それを表現するノドも極限まで鍛えられています。途中でたるんだ部分がなく、ビブラートでも一定のピッチを保っている。声がマッチョという事じゃなく、音程がブレないという事なのです。まぁこんだけ鍛えれば声もマッチョになるんでしょう。





 彼らはただ音を外さないだけではなく、そもそも狙っているピッチの精度が高い。歌の場合、同じキーなら同じピッチになるとは限らないわけです。そこが難しいし、それは歌に現れてしまう。

 たとえばこの久保田さん、AIさん、清水さん、クリさん、加藤さんのララララ。




 Aメロを順番に歌いますが、みんな狙ってるピッチが違うのがわかるでしょうか?狙いが低い順にAIさん、加藤さん、清水さん、クリさんです。メロディが低いという事ではなく正しいピッチから低い順です。なんにせよ、なんとなくボンヤリして抜けが悪いのは伝わると思います。

 声が違うのでわかりにくいかもですが、この違いを個性と捉えるか精度と捉えるかは自由。しかし声質以前に、彼らが狙うピッチ自体にズレがあるのは知っておいた方が良いのです。プロでもそんなもんで、その上で曲をしっかり覚えて表現をしていきます。ただ、それでもピッチの狙い自体は変わりません。

 ノーミスで歌えということではありません、狙うべき音程を適切にしましょうということなのです。


 ちなみに彼女らは持ち歌ならもっと見事な歌を披露します。それらは彼女たちの準備と努力によるもの。今回は準備の時間がなかったんでしょう、なんか恐る恐る歌ってるし。





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 で、こちらが私が歌ったやつ。完璧にはできませんが、同じキーでもかなり印象が違うのがわかると思います。(うろ覚えなのはごめんなさい)




 マジメな歌い方ですがこれが売れるか、カッコいいか?と考えるとまた別。ちゃんと狙うと私には高いし。とりあえず、同じキーの範囲でピッチがほんのちょっと違うだけでも、人の耳はそれを感じ取る。これを知ってると楽しいわけなのです。

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 とまぁこのように、「ピッチが良い」というのは音を外さない事だけではなく、「一つの音に対してどれだけ精度が高いか」もかなり重要です。よく、音を外さない人を「ピッチが良い」と言いますが、外してないだけで「真ん中に当たってない」人は大して精度が高くないわけです。まぁ外さないだけでもすごいんだけどね。

 ではなぜ、ピッチが良い方が良いのか。それは上に見たように独特の美しさがあるからです。個性がそれぞれユニークなように、正確な音にもユニークな美しさがあり、それを表現するには精度が高くないといけない。

 言葉で言うと当たり前ですが、実際に聴いて「そういうことか」と感じるのも大事なのです。慣れや好みは別にして、気持ちいいよね彼女たちの声は。

ピッチを外すとイカンのか?

 そもそもなぜピッチを外してはいけないかと言えば、伴奏との不協和音となるからです。先ほどのピッチの良い声とは反対に、そろわない音程が不快感や「コレジャナイ感」を与えてしまうわけです。じゃあピッチを外すしちゃイカンのか?まぁ、ある程度ならいいんじゃない?

 というのもロック・ポップスでは精度の高い人はほとんどいません。大体の人はピッチがちょっと低く、たまに上ずったり揺れたりします。もし精度が高い方が完璧に近いのであれば、そんな業界内で絶大な成功を収めても良いはず。ですがそうはなっていない。


 理由を考えると

・ピッチより声色の印象が強い

・楽器と若干ズレてる方が目立つ

・ズレ方が個性となり人間味を感じる

・歪んだサウンドが増えあまり気にならない

・リスナーがそこまで気にしない

・そもそもギターやベースも正確じゃない時がある

 というところ。2000年ごろからコンピュータによるピッチ修正も可能なので、スタジオ盤だとごまかすこともできる。でも不快なほどピッチが悪いとライブ聴いてられないですけどね。

 歌のエネルギーが最重要じゃないか?という記事もあるので参照ください。
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 また、歌詞やビブラートによって倍音に変化がある以上、完全にピッチが一定するのは無理です。ピッチを重視するとオペラや聖歌のように口語っぽさがなくなり、メッセージも受け取りづらい。BGMとナレーションを聴いて「音外れてるな」と思うこともないでしょ?ラップミュージックもそうです。

 それにリスナーは人の声を中心に聴いてしまう事が多いので、伴奏と合ってるかより歌手のテクニックだけ聴いてる場合も多い。歌手の精度さえ高くはないんだから、リスナーはなおさら雰囲気だけで聴いているものです。私もそうでした。


 ここで一例なのですが、ロニー・ジェイムス・ディオ氏というロックシンガーがいます。彼はピッチがかなり良く、初期のスタジオ盤ではおおむね正確にレコーディングをしています。




 で、こっちがライブ音源。こちらではピッチをちょっと低くとって、がなったようなパワフルな歌い方になっています。




 何が言いたいかというと、私は上のスタジオ盤はスッキリしてパワー不足に感じ、パワフルなライブ盤の方が好きだったのです。キレイに歌うのではなくガッツリと声を聴かせてほしい、こっちの方がカッコいいじゃないか、と。

 そうして身をもって、私は精度よりも印象が勝る体験をしているんですよね。他のリスナーも同じような状態であるなら、多少ピッチがズレているシンガーの方が魅力的に感じるのもわかる。よく「太い高音」と言いますが、太く感じる時は大抵ピッチが低いです。でもそれがカッコよかったりするんですよね。

 ロニー氏もそのことを自覚していたのか、その後はレコーディングでもパワフルに歌うようになっていきます。私の妄想ではなく、歌える本人がそれを選んだのですから、やはりリスナーの反応を肌で感じたのではないでしょうか。

 ピッチはすごく大事、でもそれは「正確こそ正義」という事ではなさそうです。

『糸』で聴く印象の違い

 では最後に、中島みゆきさんの『糸』のカバーからピッチの印象を感じてみましょう。
 まずはJUJUさん。




 こちらはサラ・オレインさん。JUJUさんより+2高いです。




 どちらも実力派、美しい歌声ですがピッチへのアプローチが結構違うのです。JUJUさんの0:49「私たちは」の「た」がピークなのですが、ピッチを上げ切らず控えめな印象にしています。サビでもピークは上げ切らず、秘めやかで丸みをもった歌い方です。

 対してサラさんは「私たちは」の「た」はもうちょい高く、サビのピークはガッツリ高くしていて、メリハリの利いた英雄的な歌い方になっています。

 日本の歌手は割合的にJUJUさんに似てる人が多く、メロディのピークは控えめに、雰囲気を聴かせます。サラ・オレインさんやクリス・ハートさんら英語圏のシンガーはピッチによってメロディを強調する。

 単に歌唱力だけではなく、文化や感性に関わってくることではないでしょうか。




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 はい、さてみなさんどっちが好きでしょうか?私は正直どっちでも良いです、どっちもあるから良い。ただ問題は、ララララで見たようにピッチに向き合わない限り、10年だろうが20年経とうが精度は上がらないということです。

 モンゴルとキルギスの彼女たちのように、ピッチの良い歌声はほんとに気持ちがいいです。押しすぎず引きすぎず、絶妙な距離感と透明感があります。そこをベースにどういうニュアンスにするか、どうすればその意図通りになるか。そこがおもしろいんじゃないでしょうか。

 言うは易く行うは難し、文句言うのは楽なんだけどね。でもせっかく歌うなら、その道の深いとこまで見てみたいですよね。みなさんも聴く時ちょっと気にして、色々楽しんでみてください。


 この記事はこんな人が書きました。『海の幽霊』や『LEMON』『マリーゴールド』歌ってみた。





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